Together to Tomorrow

あしたにむかって -aki's blog-

毎日があっという間に過ぎてしまうけど、ふと時間を止められたように自分に戻れる時は、
いろんな人の顔を思い浮かべます。
今ごろどうしてるかなぁ、そろそろ連絡しなくっちゃ。
特に年が暮れてくるこの頃はそんな静かな気持ちがおとづれます。


逆に忙しいときは先のことばかり考えているように感じます。
若い頃出逢った方に、「忙しい」とは「心」が「亡くなる」って書くんだよ…と話してもらいました。
「心」をなくしちゃいけないと念じながら日々すごしています。


好きな音楽を聴きながら、好きなお酒を飲んで、時間を気にせず本を読んだり。
うんと部屋をあたため、家族で温々と古い映画を観たり。
ただひたすら楽器を練習したり。
異国の地をたづねて生活文化にふれあったり。
懐かしい仲間と夜な夜な話しこんだり。
冬はそんな一時が大好きです。
外気は寒いのに、冬は心が温まることがたくさんあるのね…


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台風接近中の南伊豆。

ジオパークをちょっとだけ体感しました。

こんな近くなのに知らなかった大自然、ジオ…もっと知りたいと思ってます。

そして、次回は潜るぞ!

次々と台風が上陸しこの季節らしい季候が続いていますが、一昔前とは季節の変わり目が変わってきたように思います。日本の熱帯化を強く感じています。
「上品倶楽部」紙面に「十五夜」行事について写真と併せて文章をかかせていただきました。お時間があるときにお読みいただければうれしく思います。
関連サイト「上品倶楽部」http://johin-club.jp/
十五夜
【本文】
秋の虫が泣きはじめ、夕暮れの空には赤とんぼが舞い、秋への移ろいを感じる季節です。
九月は秋のお月見行事が行われますが、お月さまは神秘的な力をもつものとして太古の昔から人々に崇められてきました。
旧暦では七月から九月までが秋となり、収穫の季節をむかえる頃となります。八月はその真ん中にあたるので、中秋、仲秋とよびます。日本人は古来より月の満ち欠けで月日(二十四節気)を知り、日々の生活を営み、農耕作をつないでいました。そのため、一年でいちばん重要な収穫期の満月を豊穣の象徴としてきました。旧暦の八月十五日は「十五夜」呼ばれます。十や五にちなんだ数で、収穫した米で作ったお団子や、野菜などをお月さまにお供えし、その年の豊作に感謝しました。新暦では、里芋の収穫期にあたることから「芋名月」ともよばれます。人々もお月さまのお裾分けをもらってお団子を食べたり、稲の豊穣を祝ってお酒を飲んだりと楽しみますが、これを直会(なおらい)といいます。
平安時代には、中国から「中秋の名月」を愛でる「中秋節」の風習が伝わり、宮中では十五夜の満月を愛でながら、楽器を演奏したり和歌を詠んで過ごしたそうです。
一年中豊かな食物に恵まれるようになった現代ですが、その意味を知れば、お月見行事がより豊かなひと時になることと思います。ことに、日本人は昔からお月さまが大好きです。お月さまにはうさぎが餅つきをしているように見えますが、うさぎも豊作を喜んでいる姿でしょうか。今年の十五夜はぜひご家族そろって食卓を囲み、お月さまと一緒に秋の旬をお楽しみください。今年の十五夜は9月15日(木)になります。

<十五夜の室礼>
三方、15個の月見団子、ススキ(稲の依代)、豊穣に感謝した季節の野菜

<兎の折方の室礼>
和紙で折ったうさぎと満月、秋の野花

(文・室礼/すずきあき)

あおぞら学校狛江
たたき染め
今年の夏は第三回「狛江青空学校」に指導員参加しました。私が小学生の頃から参加している地域活動の夏の大イベントです。母体は東京少年少女センター(代々木)。

高校2年を最期に受験や仕事などで活動に参加できませんでしたが、何十年ぶりに参加し指導員として子どもたちと触れ合ってきました。今年のテーマは「色」、多摩川に行って植物採集をしたり、たたき染めのタペストリーを作ったりしました。暑くて大気が不安定の中でも元気いっぱいの子ども達と1日過ごし、私も若返ったような気分です。何年もの時を経た仲間たちとも過ごせ、とても懐かしい空気感…ほんとうに楽しかったです。狛江の青空学校は10年ほどブランクがあり、3年前に同期メンバーが再活動を遂げました。Nちゃん、Mちゃん、皆さん、本当に素晴らしいです。これからも一緒に盛りりあげていけたらと思います。写真は青空学校のFBからいただきました。

7月になりました。昨夜は七夕。夜空に星はあまり見えませんでしたが、素麺の似合う暑い晩でした。
「上品倶楽部」紙面に「たなばた」行事について写真と併せて文章をかかせていただきました。お時間があるときにお読みいただければうれしく思います。
tanabata


【本文】
たなばたの行事食と室礼

七月七日は五節句のひとつ「七夕」です。星祭りとも呼ばれ、夏の涼しげな風物詩として親しまれる日本の年中行事です。軒下に竹笹をしつらえ、紙でつくった人形や、輪飾り、提灯などを飾り、思い思いの願いを短冊にのせて天の星々に届けます。天の川のほとりでは、彦星と織り姫が年に一度の逢瀬を楽しむ日なので、この日が晴れになればいいなぁと空を見上げます。
日本に伝わる神話では、「たなばた」は「棚機(たなばた)」を意味します。七夕の前日、村や町で棚機女(たなばたつめ)と呼ばれる乙女がひとり選ばれ巫女となります。巫女は人里はなれた水辺の機小屋で一夜を過ごし、神の妻となって一晩で着物を織り上げます。それを棚にそなえ、神を迎えて秋の豊穣を祈ったそうです。七夕の翌日は、笹飾りやお供えものを川に流す「七夕送り」という行事が行われます。
毎年なかなか晴れ間を見せない七夕の晩ですが、これは旧暦の七月の行事がそのまま今日に伝わっているためです。本来の七夕は一月遅れの「立秋(今年は8月7日)」のころでした。秋の豊穣を祈るのはこのためなのです。また、お盆が近いことから、先祖を迎える準備期として穢れを水に流す行事としても考えられてきたそうです。
七夕の行事食には「素麺」をいただく風習がございます。旧暦では秋の収穫期にあたり、麦の豊穣に感謝します。素麺に梶の葉を添え、季節の野菜を盛りあわせ、飾った笹とともに天に届くよう縁側や窓辺にお供えしましょう。夜風にあたりながら星に願いをはせ、杯の水面に映る星を愛でるひとときなどは季節感ある大人の風情がありますね。
平安時代の宮中貴族たちは、この晩に恋がかなうと「梶の葉」に和歌をたしなみ笹の葉に飾りました。夜空に星が輝き始めると「梶の葉」を水盤に浮かべ、水面に星々を映して天に願いを届けたそうです。

<七夕の室礼>
竹笹、すくい網、水盤に浮かべた梶の葉、お供えの素麺と梶の葉

<七夕かざり>
棚機女(巫女)の人形、五色の短冊、ほおずき、笹葉

<野菜のもりもの>
豊穣を祈願した季節の野菜


(文・室礼/すずきあき)

6月になりました。
春が来た〜と思っていたらあっという間に夏が訪れたよう…ここ最近、春と秋が短く感じられます。
「上品倶楽部」紙面に6月の行事にちなんだ「嘉祥菓子」について写真と併せて文章をかかせていただきました。お時間があるときにお読みいただければうれしく思います。
嘉祥菓子


【本文】
嘉祥菓子の行事食と室礼
夏至が近づき緑萌えるころ。6月16日は和菓子の日です。
神社などでは嘉祥この日に「嘉祥菓子」を振る舞う風習がございます。「嘉祥菓子」とは白木の片木の上に青杉の葉を敷いて、6月16日の16の数にちなんだ6種類、または16種類のお菓子を積んだおめでたいお菓子のことを言います。
そもそものこの行事の成り立ちは室町時代にさかのぼり、仁明天皇が6月16日に16の数にちなんだ菓子、餅などを神前に供えて、疫病を除け健康招福を祈誓したことがはじまりだと伝えられています。ちょうどこの頃は盛夏をむかえる頃になりますので、冷房や冷蔵庫の無い時代の人々にとって夏の暑さはたいへん厳しいものでした。甘い物や厄払いの小豆を摂取し酷暑に備えたのでしょう。
その後も「16」は縁起の良い数とされ、嘉祥は江戸幕府でも盛大に行われました。
武士が栄えたこの時代、茶道に通じた豊臣秀吉は和菓子文化を深めました。また、「嘉祥の祝」を恒例として行っていたことが伝えられています。年に一度のこの日、普段なかなか口にすることのできない甘い食べ物を、勢を出すためにと兵士たちに公平に振る舞ったということです。
しかしこの行事は明治以降にすたれてしまいました。そこで、全国和菓子協会が嘉祥の行われた 6月16日を「和菓子の日」と定め、行事を通じて和菓子文化を今日に伝えています。
現在はヘルシー志向で敬遠されがちな甘い食べ物ですが、多少の砂糖は脳に良いと言われ、リラックス効果もあります。また甘い食べ物を前にすると、堅い顔もほころぶような気が致します。
古来より伝わる行事に習い、健康を祈願して今年も暑い夏を乗り切りましょう

<嘉祥菓子の室礼>

嘉祥菓子6品

季節の飾り花

 

<嘉祥饅頭>

陰陽五行に基づく厄払いの5色の嘉祥饅頭

 

<夏越しの大祓・水無月>

6月30日に水無月というお菓子をいただく風習がございます。

魚の鱗を模した三角形と小豆の赤は厄除けを意味し、盛夏の酷暑に備えます。

神社では「茅輪くぐり」の行事が行われます。

(文・室礼/すずきあき)

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庭にある「みずきの木」が初夏の光を浴びて元気に花ひらきました。
屋根にとどく高さがありますが、老木なので梢が枯れている枝もあります。
けれど、地球の重力にも負けず、こんな高いところまで水を吸い上げる樹木の生命力に心動かされます。

『孔雀 シャングリラ』
bunkamura

かねてから来日公演があったら必ず行きたいと思っていた舞台、ヤン・リーピンの『孔雀 シャングリラ』。念願が叶いBunkamuraでの公演を観に行ってきました。

憧れていた舞踊「月光」に涙があふれ、中国各地の舞踊には人間の営みの原点を感じました。「シャングリラ」はヤン・リーピンが舞踏家としてのフィナーレを演じているようでした。幕が閉じ、彼女が踊りを通じて伝えたいことが分かったような気がします。今回が彼女にとっては最期の『孔雀 シャングリラ』でした。本当に観られて良かった・・・
ヤン・リーピンの『孔雀 シャングリラ』
幼い頃からバレーやミュージカルなどに連れて行ってくれた母に、今日は私が母を招待しました。

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