Together to Tomorrow

あしたにむかって -aki's blog-

2007年06月

おいも王国.jpg
ネパールに行ってる留守中に、野菜置き場にあったサツマイモが芽を出していました。葉っぱのかたちと色がユニークなので育てることにしました。

ネパール帰国後すぐに、月島「しおん」の展覧会と週末ワークショップが続き、今日からいつも時間が戻ってきました。ワークショップはたくさんの方々のご参加に感謝しながら、ネパールの紙と出会えて良かった!と嬉しくなります。会期中の6月22日が祖母の命日でした。今年で5回忌です。私は内孫だったので、両親共働きの家庭の中で祖母、祖父と過ごす時間はとてもたくさんの思い出があります。編集者であり詩人、キャリアウーマンでロマンチストな祖母は孫におばあちゃんの呼ばせず、私たち姉妹は「おっきいママ」と呼んでいました。私は祖母を女性として尊敬していました。そんな「おっきいママ」が残した詩集の中から好きな詩を詠みたいと思います。

私がおばあさんになったら 

私はおばあさんになっても
白髪のおばあさんになっても愛の詩(うた)をうたいたい
ゆたかにおおらかに
そして愛しく美しく

私がおばあさんになったら
あなたもおじいさんになるだろう
白髪の皺深い顔に
眼は童児のようにやさしく
学問への追求は血潮のように深く

あなたがおじいさんになって
私がおばあさんになったら
山のなかの小さな家に住んで
牛や山羊などを飼い
少しばかりの野菜をつくって
好きな勉強をしよう

時には山から山へ旅をして
ひなびた温泉(いでゆ)につかり
親しい友を訪ねたり訪ねられたりして
一献をかわそう

また大きくなった息子や娘が
その愛する伴侶とともに
山の家を訪ねることもあるだろう

ああ私は幾年ぶりかで
山の温泉(いでゆ)につかったせいか
あなたとの永い別れのあいだ
三人の子供によって失われた青春が
浄らなひびきをもってよみがえってくるので
私はこんなことを想って心楽しく
長い未来を旅立とうとする
(1946年5月 終戦翌年)
鈴木初江詩集 「さるすべりが咲くころ」より 2000年3月5日発行

 

私が小学校3年生の頃、山や自然が好きな祖母は長野の蓼科に別荘を買いました。その家にも祖父・祖母と一緒の家族の思い出がたくさんあります。一緒に山の風景をスケッチした思い出がよみがえりました。いつまでも心に...

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月島の「しおん」での展覧会中はとても美味な「しおん」の玄米菜食をいただくチャンスに幾度が恵まれました。会期4回のワークショップはランチ付きのセットコースでしたから!ワインと愛称ぴったりの野菜料理中心メニューはとっても嬉しい!野菜好きの私はとてもうれしいレストランです。展覧会中盤、しおん店長Humikoさんご主人Tamada氏(TamadaPJco.ltd主宰)疲れ様ディナーを楽しみました。お料理のメニューは全てHumikoさんにお任せです。ナスのオリーブオイル漬け、グリーンピースのガーリック煮、ソラマメのムース クミン風味、かぼちゃの冷スープ、白身魚のカルパッチョ、豚肉のトマトソースソテー…美味しいお料理、素敵な陶の器、弾む会話、あっという間にワインが3本空いていました。美味しいワインは「しおん」のお料理に合わせソムリエに選んでいただいてるそうです。ご馳走様でした。この晩は写真は無しです、あぁ美味しかった!写真はお気に入りのランチメニュー、玄米サラダご飯です。
しおんランチサラダ飯

グレゴリー・ゴルベール ashes and snow
カナダのアーティストの美術展に行きました。人間と自然界の動物との交流を、全て実写の写真と映像に表現した作品です。写真は幅が5メートル高さが3メートルサイズ(の大きさに感じた)の阿波和紙にセピアカラーでプリントされ、神秘的なシートが空間に浮上します。映像はそれら写真が一瞬に留められる過程を、素晴らしい構図で大画面に映し出す。静と動、意図された自然の美しさ、人間の柔軟な肉体美に涙がこみ上げる感動がありました。
ネパール紙ノート.jpg
さらに私を驚かせたのはギャラリーショップで販売されていたトラベルジャーナルの表紙にネパール紙が使われていたことです。ウォールナットで染め上げた紙に蜜蝋が施された紙。私にはあまりに身近な紙ですが、グレゴリー・ゴルベール氏も好きな紙だと思うとなんだか嬉しくなったのです。
ノマデェック美術館.jpg
展覧会場はお台場のノマディック美術館です。会期が長かったので(3/11-6/42)いつか行けると油断してたら会期は残りわずか二日だと気付き幸いでした。平日でも一日に7千人の人が訪れるそうです。コンテナーを積み上げたテント構造の美術館です。

飛行機空
2週間も旅も終わりました。ホームステイが長かったこともあり、ちょっとミスネパールです。ネパールという国と交流を始めて6年、今回も感じることが沢山ありました。世界、日本、そしてネパール。世界はどんどんスピードを速めます。そのスピードが速まれば速まるほど自然の減少は速度を速めます。速さを作る国、ついていく国、気にしない国。ネパールは世界に「ついて行く国」です。そして、世界遺産であるカトマンズの町とヒマラヤの大自然がある国ですから世界から「援助される国」でもあります。そんな中に富豪カーストも存在するカオスな国です。誇り高く、国民が国を愛する山の王国。現在のネパール、特にカトマンズは排気ガスにより環境汚染は最悪です。車社会の潜入が難しい街の地形に、無理に道路を作ってしまったので、街はいつも大渋滞。ネパール人さえ口にハンカチをあてます。かつての日本の様な公害病が子供たちに出ないかと心配です。カトマンズ中心地から郊外へ車で30分も離れると、一気にのどかな田舎の山岳生活。人間に昔からの生活の営みが今も繰り返されています。たとえば10年後のネパール…日本、世界、そして地球は?日本政府はネパールへ多大なお金を援助しています。そのことを知ってる日本人は数少ないでしょう。世界遺産への援助金も日本が世界で一番だそうです。そのことを知ってる日本人も数少ないでしょう。帰りの飛行機の中、雲の上を眺めながらこんなことを思いました。

ネパール滞在中、N氏の家でホームステイをさせていただきました。N氏はカトマンズ盆地に文明を創ったネワール民族です。ネパールの生活に触れながら、文化や習慣の違いに触れるのは全てが経験です。衣食住で少しずつ感じたことを書いてみます。
サリの女性達
…既婚女性は基本的にサリーまたはクルタ。N夫人のクローゼットを見せて頂きました。色鮮やかなで着物選びが楽しそうです。そして金の装飾品を身に着けています。祭典や冠婚葬祭では男性もネワール民族衣装で正装します。色の使いかた、身に着け方がとてもカラフルですから、街はとてもカラフルです。

ダルバート
…ダルバートがネパールの基本食です。ご飯、ダル(豆)スープ、野菜のおかず、ジャガイモ料理、漬物、ヨーグルトのセット料理をダルバートと呼んでいます。肉は時々しか食べないようですがバリエーションは鶏、山羊、マトン、水牛をマサラ味で炒め煮する料理を食べます。お祭や冠婚葬祭の時は更に品数が増えます。食事は一日に2回ダルバートを食べ、途中にお茶とスナックの時間が数回ありチャー(ミルクティー)&ビスケットやナン&野菜マサラ煮、野菜モモ(蒸し餃子)を食べていました。ネパール人の体系は男性、女性ともちょっとお腹はぷっくり目です。食べることは宗教(ヒイドゥー)と深く関係しています。

ロクシー
お酒
…お酒の時間と食事の時間はしっかり区別されています。スナックや野菜の輪切りでアルコールを30分ほど楽しみます。ここでもしっかり色々と食べれるのでお腹がすいてるからといって、沢山食べてしまってはいけません。その後のディナーのダルバートを無理やり胃に押し込むことになってしまいます。これは慣れないと失敗します(笑)。ビールは高めでデンマークからの輸入が多く、ネパールの皆さん蒸留系のお酒が好きなようです。日本でいう焼酎にあたるお酒は「ロクシー」といいます。米を材料に蒸留した火がつくほど強いお酒で、各家庭で作られています。お祭や特別なときには必ずこの「ロクシー」が振舞われ、その飲み方も独特です。銀製のワインポットを高く高く掲げ、地に置いた銀のグラスに注ぎ入れます。日本では手に入らないでしょう、N氏お土産で持たせてくれたので気になる方はいらして下さい。自家製ネパール料理でご一緒しましょう。


お家.jpg
住まい
…ネパールの家庭で特徴的なのは、プライベート空間が少ないこと。ご夫婦の部屋にも誰でも自由に出入りをしてるし、子供部屋でおばあちゃんが休んでいたり、工場スタッフも自由にN氏の自宅を出入りしています。空間の所有が無いのです。ですから部屋はいつもこざっぱりと始末が良い、使い終わったら片付けるという習慣が身についているようです。しかし私物の区別はかなりしっかりされています。子供も大人も自分のものには鍵をかけます。ネパールやインド人は私物に鍵をかける習慣があるのは知っていましたが、N氏の家もそうでした。沢山の鍵を鍵賭けにジャラジャラ掛けてるので、鍵を隠すという感覚では無いのですが、自分のものには鍵をかけるのです。空間の公私をこんな風に使い別けているんですね。


カースト
…宗教や人それぞれとらえた方が違うので簡単に。ネパールはカーストの敷居があまりはっきりしていませんが、カーストは間違いなく存在します。カーストは日本の昔の農家に例えると「大庄屋」にあたる様に思います。仕事を大きくし、民が仕事を出来るようにする。カーストは民の食も面倒し、身分を越えお互いの家族を思いやる。カーストが潤うと民も潤うという仕組みです。この風習はロイヤル(王)国家に見られる特徴だと思います。日本もまた以来は王国家でした。

レンガ工場
カトマンズ郊外、車で40分ほどで景色は一気に山の風景一色になります。田舎の山岳風景を雰囲づくる、小さな古い家々。平屋、高くても二階建。なんだか簡単に作れてしまいそうな素朴な家です。レンガを積み上げた壁はそのままか土を塗ってあります。玄関は背が低く、小さな間口です。窓は小さく刳り貫かれたようにレンガを積んでいます。このレンガはカトマンズ郊外のティミという所で作られています。煙突が何本か見え、何個にも重ねられたレンガのストックが印象的です。屋根は茅葺、トタン、小さなパーツのレンガ瓦。「3匹のこぶた」というお話に出てくるレンガのお家にイメージが重なりました。山の傾斜の段々畑にぽつぽつとそんなお家が見え、農家を営む人々の生活が見られました。人々は田畑を耕し、家畜の牛は乳を恵み、水牛は農家を手伝い、雄鶏は朝の目覚めを促し、山羊の親子は草をムシャムシャ。井戸端ではサリー姿の女性が食器を洗い、食べ残しをついばみに鶏とひよこ井戸を囲む。軒先には色とりどりの洗濯ものが干され風になびく。どこか懐かしい、人間のシンプルな生活です。

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