Together to Tomorrow

あしたにむかって -aki's blog-

2010年07月

hanabi わたしは多摩川の近くで育ちました。川っ子の夏は「花火」が恒例の風物詩です。夕食がすんだ頃に遠くで「一番花火」の音が聞こえてくると、家族で川原まで散歩をしました。浴衣を着せてもらい、夏の祭り気分を楽しんだものです。この季節ともなると、多摩川では次々と花火大会が行われます。となり町の世田谷や調布は盛大な花火を上げますが、私の町・狛江の花火はささやかなものです。けれどその「地味」さが市民に愛されて毎年楽しみにされています。わたしもその一人です。

 さて「夏といえば花火」と書きましたが、夏と花火が結びついたのはつい江戸時代からのことでした。
 花火の原型は6世紀ごろの中国で打ち上げた「のろし」だと言われています。緊急用のシンプルな火薬玉でした。やがて火薬がヨーロッパへ渡り、今日のように華やかな花火は13世紀頃のイタリア・フレンツェで誕生したと言われています。日本に渡ってきたのは16世紀、鉄砲や火薬と共に伝えられ「花火人気」は庶民にまで広がります。花火職人は技を競い、人々は喜び、花火は流行の風物詩でした。
 ところが、当時の日本家屋はたいへん燃えやすい「木と和紙」で出来ていましたから「火事」が頻発・・・そこで幕府は「花火は川で行うこと」との御触れを出したそうです。 ところが冬の川では寒すぎる、夏の川原なら大勢で楽しめる。次第に川開きの頃に花火を上げ、皆で楽しむようになりました。大きな川原では茶屋や船宿がにぎわいました。

 事の起源、花の都フィレンツェでは守護聖人の日に毎年花火を上げるそうです・・・こちらもいつかお目にかかりたいと思います。

kusabana 夏の土用は立秋前の18〜19日間のことです。暦の上では秋を迎えても、厳しい暑さが続きます。この頃夏ばてをしないようにと「うなぎ」を食べる習慣がありますが、これは江戸時代からです。
 当時はうなぎを姿そのまま串焼きにして調理していました。その形が水辺の植物「蒲」(がま)に似ていることから、「蒲(がま)焼き」・・・それがなまって今日の「かばやき」となったそうです。薬用効果がある「山椒」をふりかけていただくのがお馴染みです。
 今年は7月26日が土用の「丑の日」になります。先だって、私も美味しいうなぎをいただきました。うなぎ料理店は初めて(というのはうなぎが食わず嫌い)でしたが、風情のある店内、坪庭の池の清涼感、重箱に隅っこまで敷き詰められたうなぎの蒲焼・・・大満足でした。

 甘味でしたら「土用餅」。夏ばて予防に「あずき」が効くという昔の人の知恵からです。あずきの「赤」は厄除けを表すので 疫病から守るという意味もこめられたでしょう。 私の好物は、俄然 のど越し涼しい水羊羹です。

【土用】
季節の変わり目ごとに年に4回。二十四節気の立春、立夏、立秋、立冬の前18〜19日間が土用にあたる。夏の土用は1年で最も暑い時期であるのに対し、冬の土用は1年で最も寒い時期となります。古来中国から伝わった五行説では全ての物を木、火、土、金、水の5つに分類されるという考えから春は木、夏は火、秋は金、冬は水と割り当てられました。『土』だけが季節を与えられていなかったため、『土(土用)』となりました。
2010年の土用:7月10日が土用入り、26日が「丑の日」 立秋:2010年8月07日

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the Incense   Vetonam/ Ho Chi Minh  /2000


 ベトナムの旅からちょうど10年。それ以来、一人の自由旅は止まっています。一人で行くことの楽しみは現地との触れ合いと度胸試し。故意的に自分を解放し、無茶しながらも開け放つ…それが海外での快感でした。20代も半ばにさしかかり、自分の中の「自由」が一段階成長を始めました。この時期と重なったベトナムでの時間は、物事に分け入ることに消極的になっていました。成長段階のギャップに気がつかず、異国の土で一人ぼっちを淋しく感じました。大きな地球、小さなわたし。
 とは言うものの、写真を見返すと小さなPENTAXをぶら下げて天真爛漫な20代のわたしが写っています。この旅はお勤め時代の夏休暇のこと。組織に属しにくい私のための解放と感性の確認のために、さらにはアジアの中の社会主義国とは…という目的でベトナムを決めました。活気あふれる中心街『ホーチミン』→ビーチリゾート『ニャチャン』→山間部『フエ』→ホーチミン 主にバスで移動した8日間。

インドシナ、夏の強い日差しの中を

 

 

bohemian
the Bohemian glasses    Praha/ Česko /2009 

onon sho 7月13・14・15日は一般的に『お盆』と呼ばれます。 家族が集まる1月[正月]は年神さまをお迎えし、7月[盆]は先祖をお迎えする月です。

 お盆という文字の由来は「皿」に「分ける」、先祖にお供えした物を葉っぱや小さなお皿に分けることから来ているそうです。

 「七夕」には夏の収穫物をお供えします。すいか、きゅうり、根しょうが、なす、とうもろこし、ぶどう、トマトなどを奇数個を盛ります。「つるもの」は先祖代々のつながりを意味します。お盆の前夜祭を兼ねたお供えものだそうです。七夕の一夜に「棚機女(たなばたつめ)」が織った丹を室礼えます。

むかえ火」焙烙(ほうろく)におがら/麻を置きます。「」は脚が早いことから、先祖の霊を少しでも早く我が家へお迎えする動物です。胡瓜に足をつけて拵えます。「」は歩くのがのんびりですので、先祖をゆっくり送り届ける動物です。茄子に足をつけて拵えます。これらは、御先祖さまに分かりやすいように玄関や玄関先に置きます。

ほうずき」灯篭草(うろうそう)とも呼ばれ、先祖を迎える灯かりです。「香炉」も同じく、良い香りでお迎えします。

 私たちの文化は「水」に纏わることが数多くあります。穢れを水に流します。さらには水の循環が生命の輪廻転生をも意味します。敷物の「まこも」も「」も水辺の植物です。岩蓮華は蓮の花に見立てていました。
 お寺では「散華」(さんげ)を撒きます。蓮の花びらをかたどった紙(神)でさまざまな餓鬼を供養するため。お寺によって様々な散華をまき、中には美しいものも多くあるそうです。先生が素敵な散華をいくつか見せて下さいました。

 蓮の花が咲き始める頃です。7月の教室が終わると美味しい蓮ご飯をいただきました。大きな蓮の葉に抱かれ、見た目も美しく・・・。皆さん、あっちの池の蓮がきれいよ、こっちの池の蓮がきれいよ、と教えて下さいます。蓮の花は、咲くとき音を立てるそうです。どんな音かしらと、前々から思っています。

 我が家は無宗教ですが、家族行事である「お盆」に、 「室礼」(しつらい)を通じて祖先を迎える気持ちが養われました。祖父、祖母にほうずきをお供えしたいと思います。
 

月見る虎図
ほうずき、【灯篭草】とうろうそうが色づき、
みんみん蝉が鳴き始めました。

どうした風の吹き回しか、また北斎ごとです。

 次号の『豊洲スタイル』の原稿準備に入りました。次回の「歳時あそび」は「お月見」、中秋の名月について書きます。私たち日本人は、古来より「月」の満ち欠けで季節を感じ暮らしてきました。

 何気なく資料をまとめていたら、また北斎の画にあたりました。北斎90歳の作品です。月を見る虎は北斎自身だといいます。宇宙に神秘を感じていた北斎、最期は絵筆を「月」に馳せたのかもしれません。虎をモティーフにしたのは、西の方角を守る聖獣「白虎」に宇宙での神聖的な境地を見出したのでしょうか。人生を「陰陽五行」で表すのなら、方角は「西」、季節は「秋」、人生の晩年を意味します。北斎ならではの掛け合わせがあるのではないかと思いました。
今年は寅年ということもあり、親近感をおぼえました。

方角を守る聖獣「四神」
東(春)=青竜 南(夏)=朱雀
西(秋)=白虎 北(冬)=玄武
ex キトラ古墳壁画四神

 北斎は亡くなる90歳の時、三つ虎の絵を描き残しました。「雨中の虎」「雪中虎図」「月見る虎図」 (1849年)中でも、はかなさと神秘的な浮遊感を感じる「雪中虎図」に最期の清々しい落ち着きを感じ、好きです。


 

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