Together to Tomorrow

あしたにむかって -aki's blog-

2010年10月

 私の育った町には素敵なレストランがあります。住宅街の中にあるイタリアレストラン「キャンティ」。幼なじみの実家のレストランです。創業38年の今も、昔と変わらぬ雰囲気はお話しの中に出てきそう・・・。家族の誕生会やクリスマスなど、楽しい思い出が多くあるレストラン、私の最初の洋食屋さんです。幼なじみは結婚して、千葉の海の近くに移り住み 今はお母さん。2年先輩のお兄さんはアメリカ在住。キャンティが一代で終わるのかもしれないと思うと、ちょっぴり寂しいです。趣味のいいおじさん、いつも元気なおばさんを手伝って、毎年、年末のチラシと新しいメニューのデザインをして差し上げています。
 午前中の打ち合わせを終え、その足で駅に向かって歩いていると、子ども達の大きな声がします。畑で「お芋掘り」でした。そういえば、幼なじみとも 保育園時代に一緒にお芋掘りした仲だっけ。今は、幼い彼女とそっくりの女の子のママね。

チキン

usagi霜降の候

 朝晩の冷え込みに冬の足音がしてきました。一年の終わりが近づいてくる様に感じます。この頃になると何かと忙しくなります。そのひとつに、毎年恒例となっている輪島 塗師屋 大崎庄右衛門様の「干支皿」の蒔絵下絵を描くしごとがあります。ささやかな下絵が金蒔絵になると、伝統的な風格が醸し出され、うれしくなります。来年は卯(うさぎ)の年です。
 『漆器で愉しむ室礼(しつらい)と歳時食』という試みを思案中です。都内に和風の素敵な場所をご紹介いただくことになっています。「漆」のある生活を同世代にアピールしてゆければと思います。女将ご指導のもと、漆器の扱いと合わせて年中行事や日本の季節を愉しむ会にしていけたら・・・と思っています。

zakuro 
 十三夜まであと三日。むかしの人々は神無月の十三夜にも月見の宴を行っていたそうです。そのお月様を「栗名月」とよんで親しみました。片見月といって、十五夜だけを愛でるのは良くないと翌月の月様もお奉りするようになったことが由来します。
道々の庭先には、秋の彩りが目に留まります。栗、柿、ざくろ、・・・夏の陽をたくさんに含み、 色移したように鮮やかに。

takigi 

秋の夜露が落ちはじめる頃

都会の夜の公園は 暗く静かに
道端には灯りが設えられ 点の灯りが行く先を誘う
方々から集まる人影は 舞台へ向かって 愉しげに 足早に
御苑の深い森の影 その奥には新宿のビル灯が幻想的にちらつく
幽玄を促す三日月は
これからはじまる舞台に なお一層の思いを高まらせる

一日だけの舞台が成り
大きな楠木は たっぷりのライトアップを受け
秋の夜空に雄大にそびえ 舞台を包む

松明に火がつく 能が始まる

赤い着物は 絹のつや美しく
白は 面と足袋で際立ち 
背の碧と合い深まり 彩色華やかに
松明は静かに燃ゆる

鼓は時を捕え拍子をとり 笛の音は風に乗る
舞の所作は 極めてわずかに
そのわずかな移ろいに 心動く

狂言「清水」 能「紅葉狩」

舞台が終わるとふだんの時間軸に戻り、非日常感に居たことを実感しました。
「薪能」、実に風流な秋の夜長のひと時を愉しみました。
今月に入ってから毎日制作が続いています。
心和みながらも 厳かになる晩でした。

DM
気持ちのいい秋晴れが続きます。
 陶芸家の叔母の個展が今日から始まります。叔母の作る器はふだんづかいに馴染むので、お料理にとても相性が良いです。それに値段もカジュアル。4年に一度の個展なので張り切ってたくさんの作品を作っていました。前日は叔母たち(双子)と会場セッティングを一緒にしました。DMのデザインを担い、それが好評だったと喜ばれました。埼玉支部の朝日新聞に掲載されたそうです。これからも元気で作品づくりをしてほしいです。

uufu



田部井緑「器」展 〜ふだんづかいの器〜
10月9日(土)〜13日(水)
ギャラリーううふ 東武東上線鶴ヶ島駅

きんもくせい
 金木犀の花が香ってくると、また一つ歳を重ねる季節が来た…と感じます。 実は熟し、木々は色をかえながら葉を落とし、虫たちは一生を終え、動物たちは冬支度を始めます。それぞれのペースで また来る春に備える季節です。

 こんなことを聞いたことがあります。アリの心臓が打つ鼓動はとても早く、クジラの心臓が打つ鼓動はとってもゆっくり。鼓動の打つ回数はそう変わらず、生きる永さが違うのだと。人にも人の鼓動数があるのでしょう、生命という名のもとに。


 私の母はハンバーガー、ポテトチップス、カップラーメン等を食べさせてくれませんでした。幼心には、流行りの食べ物が食べられなく お友達をうらやましく思ったものです。高校生の夏、ホームステイでアメリカにひと月滞在しました。マクドナルドが毎朝の朝食で、わたしの今までの人生の中で最もファーストフードを食べた期間でした。
現在の生活でもこの類の食べ物にはあまり興味が無く、自分で買うことはありません。どんなに空腹でも食欲はそちらに行かないのは、母の食育にあったと思います。

 そんな私ですが、最近、ハンバーガーを食べて感心しました。たった数百円で一定レベルのクオリティーを保ち生産している。しかも、24時間提供し続けることが出来るお店もあります。まさに食のプロダクト製品、未来食です。さらに店舗設備が均一なことから、貧しい国でも同レベルの食をもたらすことが可能な平和食と言えるかもしれません。物価(為替)の違いあることで値段に差ができるものの、確実に「食」は提供でき、緊急時には頼りになるかもしれません。考えようです。

 先進国の立場から見ると、便利な食事という位置でしょう。気軽に買っていく若者などを見ると、江戸時代の屋台(すしや天ぷら)文化さえ感じます。しかし、アメリカ的ファーストフードの便利さだけに頼りすぎてはトランス脂肪酸漬けになってしまいます。食べ物本来の持つ味や季節感から遠のき、わたくしたち日本人的な食事への愉しみや風情も失われますし、グローバルな食経済が個人飲食業を脅かす事実もあるでしょう。

 どんなことにも、良い面、悪い面があります。
先進国に暮らしながらも、発展途上国と関わっていることで、何気ない物事を両方面から見るようになりました。現在、ネパールにマクドナルドはありません。

 今日はこれから「うつし世の静寂に」という映画の試写に出かけます。多摩丘陵を舞台に、失われつつある日本の生活文化を記録した映画だそうです。

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